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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)3313号 判決 1987年12月24日

原告

上野憲一

右訴訟代理人弁護士

久米弘子

吉田容子

中村和雄

被告

茨木産業開発株式会社

右代表者代表取締役

後藤弥三郎

右訴訟代理人弁護士

出宮靖二郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一一一六万二〇三四円及びこれに対する昭和六〇年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は自動車教習所経営等を業とする会社である。原告は、昭和三七年六月二一日、被告の経営する茨木自動車教習所に雇用され、指導員の業務に従事していた。

2  原告は、昭和四九年四月二七日午後五時四〇分ころ、茨木市鮎川五丁目二一の二において、教習生の運転する教習車に同乗して路上教習中、教習車が対向車と衝突する事故(以下「本件事故」という。)に遭い、外傷性頸部症候群、右根性腰椎症の傷害を受けた。

3  原告は、この傷害のため休業を余儀なくされ、療養に専念してきたが、昭和五九年八月三一日症状固定と診断され、同年一二月二五日、労災補償保険によって後遺症一二級に該当すると認定された。現在も頑固な頸部痛、左上肢の鈍痛、左握力低下、左下肢シビレ感、冷感、左腰部・臂部痛などの症状に悩まされている。

4  昭和四九年七、八月ころ、被告は原告に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反を認め、本件事故による原告の全損害を補償すること、特に原告が療養のために休業する期間中、昇給及びボーナスは、休業していないものとみなして、他の職員同様に扱うことを約した(以下「本件契約」という。)。被告は、本件契約に従って、原告に対し、本件事故直後から昭和五六年三月分までの賃金全額を支給し、かつ昇給やボーナスに関しても原告を他の職員と同様に扱ったが、同年四月の昇給時から退職時まで昇給を認めず、かつボーナスを支給せず、他の職員と異なる扱いをするようになった。これは、本件契約の不履行であり、被告は、本件契約に基づき、後記の損害欄記載の金員を支払う義務がある。

5  本件契約が認められない場合でも、本件事故は、被告の安全配慮義務違反により、発生したものであるので、被告は、後記の原告が被った損害を賠償する義務がある。

(一) 自動車運転免許取得方法の概要及び指定自動車教習所における教習内容は、次のとおりである。

(1) 自動車を運転しようとする者は公安委員会の運転免許を受けなければならず、運転免許取得のためには、公安委員会の行う運転免許試験を受ける必要がある。右試験は、免許の種類ごとに、自動車の運転について必要な適性、技能及び知識について行われる。指定自動車教習所が発行する卒業証明書又は修了証明書を有する者については、そのうち技能試験が免除される。被告は指定自動車教習所である。

(2) 指定自動車教習所における教習内容は、自動車の運転に関する技能の教習(技能教習)、自動車の運転に関する知識の教習(学科教習)、及び自動車の運転に関する技能についての検定(技能検定)に大別される。

(3) 技能教習は、第一段階から第四段階まで四つの段階に分かれ、いずれも前段階を終了した後はじめて次の段階に進めるのであり、かつ第三段階の教習終了後に行われる修了検定に合格しなければ第四段階に進めない。そして、修了検定に合格すると前記修了証明書が発行され、更に教習所で行われる適性試験及び学科試験に合格すると、普通仮免許が付与される。また、第四段階終了後卒業検定が行われ、これに合格すると前記卒業証明書が発行され、更に各都道府県運転免許試験場等で行われる適性試験及び学科試験に合格すると、普通免許が付与される。なお、いずれの段階も、指導員が助手席に乗って教習生を指導するのが原則であり、各教習車には教習生用とは別に指導員用のブレーキペダルが付けられている。

ア 第一段階は、正しい運転の手順に従った正確な操作ができることを教習目標とし、発進及び停止、基本的なハンドル操作、ブレーキ操作等を教習項目とする。

イ 第二段階は、運転装置を適切な時期に円滑に操作することを教習目標とし、円滑な速度調節、ハンドル操作、車両感覚の体得等を教習項目とする。

ウ 第三段階は法規履行及び車の正しい誘導ができることを教習目標とし、通行区分や標識等に従った運転、進路変更、交差点の通過等を教習項目とする。第一ないし第三段階は、いずれも教習所内コースで行われる。また、最低教習時間が定められており、現在第一段階が四時間、第二段階が四時間、第三段階が九時間とされている。

エ 修了検定は、第三段階までに教習した事項について、正確な操作及び正確な法規履行ができるか、安全、円滑、機敏な走行ができるか等をみるもので、教習所内コースを使って行われる。各チェック項目ごとに小(五点)、中(一〇点)、大(二〇点)の減点基準が定められ、合格基準は一〇〇点満点で七〇点以上である。

オ 第四段階は、道路における法令に従った安全な運転ができることを教習目標とし、正確な遵法運転、道路交通の状況に応じたハンドル、ブレーキ操作等を教習項目とする。この教習は、第一段階ないし第三段階の教習と異なり、一般道路で行われ、最低教習時間は一〇時間である。

カ 卒業検定は、生きた交通の中で実態に即した法規履行能力及びよみとり(認知、判断)操作能力について、最低必要なことが一人でどれほど安全、円滑、機敏にできるかを見るもので、一般道路を使って行われる。減点基準及び合格基準は修了検定と同様である。

(二) 本件事故の態様は次のとおりである。

(1) 本件事故の際、教習車を実際に運転していた教習生(以下「本件教習生」という。)は、第四段階である路上教習の八又は九時間目であったが、原告指導の教習車に乗ったのは初めてであった。右教習生は、被告の指導及び訓練の不備や判定の不適正によって路上運転にふさわしい技術や知識を修得しておらず、かつ原告より以前に右教習生を指導した指導員が、「ルールを守っていては道路は走れない。道路は右側ないしはオーバーラインして走れ。」と指導したため、右教習生がこれに従い、原告による指導開始直後からセンターラインをオーバーして走行した。原告は再三にわたり、口頭で注意するとともに、ハンドルを左に回して教習車の位置を走行車線左寄りに戻したが、それにもかかわらず、右教習生はオーバーライン気味の走行を繰り返した。

(2) 本件現場は、片側一車線の道路であったが、特に狭い道路ではなかった。教習車、対向車双方の中間に橋があり、これに向かって双方の進行方向が緩やかな上り坂になっていたため、双方の車が互いに相手方の車に気付いたときは既に双方の車は接近しており、また教習車は時速約三〇キロメートル、対向車は時速四〇ないし五〇キロメートルのスピードをだしており、かつ教習車だけでなく対向車もセンターラインをオーバーして走行していた。対向車に気付くと同時に衝突の危険を感じた原告は、とっさに右手で右教習生をかばいながら、左手でハンドルを左に切るとともに、左足で指導員用のブレーキを一杯に踏み込み、原告のこの機敏な対応により危うく正面衝突は避けられた。

(3) 右動作の際、原告は、急激に腰をひねって無理な姿勢をとり、かつその姿勢のまま教習車が対向車と右前部フェンダー付近で衝突したため、左側頭、肩、腕部及び左腰部を車内前部の天井、フロントガラス、ダッシュボード等に強くぶつけ、腰部、頸部等に重大な傷害を負うに至った。

(三) 被告は、雇用契約上の安全配慮義務として、当該業務の遂行が安全になされるよう使用者として予測しうる危険等を排除しうるに足りる人的、物的諸条件を整えるべき義務を負うところ、本件事故の原因は、本件教習生の無謀な運転とそれを引き起こした原告以外の指導員の誤った指導内容にある。そしてこれらはともに、以下のとおり、被告の安全配慮義務違反に起因するものである。

(1) 被告は、自己の指導員をして、教習生に対し、交通法規に従って自動車を運転すること、特に通行区分についていえば、道路の左側部分の左寄りを通行することを十分指導し、徹底させる義務を有する。ところが、前記のとおり、本件事故は、他の指導員が、道路の右側ないしはオーバーラインして走れと指導し、本件教習生がこれに従い、原告の再三の注意を無視してオーバーラインして走行した結果生じたものである。指導員は、被告の履行補助者であり、この指導員に右のような明らかな指導上の欠陥があったのであるから、これは被告の指導義務の懈怠にあたる。

(2) このような指導員の誤った指導を是正するためにも、被告は、指導員をして、教習技能の向上に努めさせるべき義務があるところ、被告は指導員に対し、実技を含む研修を行っておらず、指導員に対する教習内容や教習方法についての研修及び教育が極めて不十分であった。

(3) 被告においては、個々の教習生を一人の指導員が継続的に担当するという体制をとっていなかった。したがって、被告としては、各指導員の引継ぎを十分させるなどして、当該教習生を初めて担当する指導員でも、当該教習生の技能の修得の程度や性向、これまでの指導員の指導内容等を的確に把握し、これに基づいて適切な指導をすることのできるようにする義務がある。ところが、被告は教習生についての引継ぎを全くせず、この結果、初めて担当した原告は本件教習生のオーバーライン気味の運転を改めさせようとしたが、本件教習生はこれまでの指導方法と異なるとして聞き入れようとしなかった。

(4) 被告は、教習生に対し、それぞれの教習段階に応じた安全運転の知識及び技能を十分に修得させる義務がある。ことに路上教習は、万一にも教習生が自己の技術を過信して、指導員の適切な指導に従わない、あるいは、法規に違反した走行をすることのないよう、常に教習所内教習においてこの点を徹底させ、かつ修了検定を厳正に実施すべき義務がある。また、一応修了検定に合格した教習生に対しても、路上教習を通じて常時右の各点をチェックし、必要に応じて適切な指導をしてこれを是正させる義務がある。しかしながら、本件教習生は他の指導員にオーバーライン気味の走行を教えられたのであるが、被告は、これまでの教習の過程において、右オーバーライン気味の運転についてチェックする機会があったにもかかわらず、本件事故の段階までそれを見逃し、営利追求を第一とする方針から、甘い採点のまま安易に本件教習生を修了検定に合格させ、必要な技能及び交通安全の知識や意識を持たぬ同人を路上教習に送りだし、路上運転を継続させた。

6  損害

(一) 昇給差額分八四万七三四九円及び未払ボーナス五五三万二六五〇円

被告は、昭和五六年四月の昇給時から後は、原告について一方的に他の職員と異なる扱いをして、毎年の昇給をせず、また昭和五六年夏期のボーナス以降年二回の各ボーナスを支払わない。原告の昭和五六年三月当時の賃金は、基本給二八万五八三九円と付加給四万二〇〇〇円の合計三二万七八三九円であり、従来の昇給実績に照らすと、毎年四月に基本給が少なくとも6.6パーセント増額されていた。また、ボーナスは、従来の実績に照らすと少なくとも夏期は基本給の二・三か月分、冬期は同二・五か月分が支給されていた。したがって、昭和五六年四月分以降昭和五九年八月三一日までの昇給差額分は、別表(1)記載のとおり合計八四万七三四九円となり、昭和五六年夏期以降昭和五九年夏期までの未払ボーナスは、別表(2)記載のとおり合計五五三万二六五〇円となる。

(二) 未払賃金八二万二二一〇円

被告は、原告の症状固定日の翌日である昭和五九年九月一日以降、一方的に原告を休職扱いにして、同日から同年一〇月三一日までの賃金を支払わない。右期間の賃金は別表(3)記載のとおり合計八二万二二一〇円となる。

(三) 退職金差額分一九四万四九四五円

被告は、昭和五九年一一月三〇日付けで通常職務の遂行が不可能であることを理由として原告を解雇し、同年一一月一日から同月三〇日までの解雇予告手当と退職金六三五万九九一七円を支払った。右退職金の計算は、基本給を二八万五八三九円として、勤続年数二二年六月のうち、前記九月一日から一一月三〇日までの三か月間を休職扱いとして、二二と一二分の三を掛けたものである。しかし、前記(一)のとおり昇給していたとすれば、基本給は、退職時点で少なくとも三六万九一〇五円になっていたはずであり、かつ、三か月の休職扱いは不当であるから二二と一二分の六を掛けることになるから、退職金は少なくとも別表(4)記載のとおり八三〇万四八六二円となったはずであり、その差額は一九四万四九四五円となる。

(四) 通院交通費五一万四八八〇円

原告は、本件事故により通院交通費として、昭和五四年八月一日から昭和五九年八月三一日までの間、合計五一万四八八〇円を支出した。

(五) 慰藉料一五〇万円

原告は、本件事故のため、長期にわたって心身の苦痛を受けてきたので、慰藉料として一五〇万円が相当である。

7  よって、原告は、被告に対し、主位的に本件契約に基づき、予備的に雇用契約上の安全配慮義務違反に基づき、金一一一六万二〇三四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年五月一六日から支払ずみまで、民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件事故の発生及び原告が負傷したことは認めるが、外傷性頸部症候群と本件事故との因果関係は争う。

3  同3の事実のうち、原告が長期間にわたって出欠勤を繰り返してきたこと及び労災補償保険によって後遺症一二級に該当する旨の認定がなされたことは認めるが、原告の現在の症状については知らない。

4  同4の事実のうち、被告が、昭和五六年三月分まで原告を、昇給やボーナス等に関して他の職員と同様に扱ったことは認めるが、その余は否認する。当時被告においては、業務に従事している限り業務成績とか出勤状況によって昇給に差をつけておらず、原告は昭和五四年四月から六月まで欠勤がちとはいえ出勤していたので、昭和五五年四月の昇給にあたって差をつけなかったが、昭和五四年六月二〇日以降は全く出勤しないので、昭和五六年四月の昇給時から昇給を認めていないし、ボーナスも支給していないのである。被告は、原告と安全配慮義務違反の有無について話し合ったことがないし、原告の主張する全損害を理由なく補償する旨約定したこともない。

5  同5冒頭の主張は争う。

同5(一)の事実は認める。

(一) 同5(二)(1)の事実のうち、本件教習生が第四段階である路上教習の九時間目であったことは認めるが、右教習生は、被告の指導及び訓練の不備や判定の不適正によって路上運転にふさわしい技術や知識を修得していなかったこと、原告より以前に右教習生を指導した指導員が、「ルールを守っていては道路は走れない。道路の右端ないしはオーバーラインして走れ。」と指導したため、右教習生がこれに従い、指導開始直後からセンターラインをオーバーして走行し、原告の再三の注意にもかかわらず、オーバーライン気味の走行を繰り返したことは否認する。

(二) 同(2)の事実のうち、本件現場は片側一車線の道路であることは認めるが、見通しが悪いこと、原告がハンドル操作をしたこと、原告の機敏な対応により正面衝突が避けられたことは否認する。

(三) 同(3)の事実のうち、原告が本件事故により負傷したことは認めるが、衝突状況及び負傷程度は否認し、その余の事実は知らない。事故直後の診断書によると、腰部捻挫等で三週間の要通院であった。

(四) 同5(三)冒頭の主張のうち、安全配慮義務の存在及び内容は争わないが、本件事故の原因については否認し、被告の安全配慮義務違反の点は争う。

(五) 同5(三)(1)及び(2)のうち、原告主張の被告の指導員に対する義務は認めるが、本件事故の原因については否認し、指導義務懈怠の点は争う。

(六) 同(3)の事実のうち、原告がオーバーライン気味の運転を改めさせようとしたが、本件教習生はこれまでの指導方法と異なるとして聞き入れなかったことは否認する。

(七) 同(4)のうち、被告が、路上教習を行うために必要な技能及び知識、並びに交通法規を遵守するとともに指導員の指導に従うという意識を修得した教習生にのみ路上教習をさせるべき義務、右技能等を有するか否かを判定すべき修了検定を厳正に行うべき義務を負うことは認めるが、本件教習生が指導員にオーバーライン気味の走行を教えられたこと、甘い採点のまま安易に本件教習生を修了検定に合格させ、必要な技能及び交通安全の知識や意識を持たぬ同人を路上教習に送りだしたことは否認する。

(八) なお、本件事故の態様は、当時本件教習生は、前方から本件事故の相手車が来るのを知っており、自車と同一方向に走っている自転車を追い越さず、これと同じ速度で走っていたところ、指導員である原告から、自転車を追い越すようにとの指示を受けたので、自転車に気をつけながら、自転車の横に出るべく僅かに中央線に寄ったところ、相手車も中央線一杯に走行してくるのに気付き、ブレーキを踏んだが、同車と軽く接触したというものである。このことは、本件教習生及び相手車の運転者はいずれも負傷していないこと及び両車の損傷の程度(自車・一万一五〇〇円、相手車・外国製・一〇万六二〇〇円)からも明らかである。

(九) ところで、教習生が指導員の注意を守らず交通法規を故意に無視することは考えられないが、仮に、そのような者がいれば指導員(原告)は直ちに車の運転を中止させ適切な措置をとるべき義務を自動車教習所(被告)及び教習生に対し負っているというべきであり、慢然と事故の発生を惹起させるようでは、指導員として著しい職務怠慢であり、それにより負傷すれば自傷行為というべきものである。また、教習生が未熟のためセンターラインをオーバー気味に走る傾向があったとすれば、指導員(原告)は、対向車に対する正しい対応の仕方を指導し、事故を回避させるべきであるし、教習生にその能力がないと判断した場合には自らその処置を講ずるべきであって、これが添乗指導に当たる指導員に課せられた職務であり義務である。

6(一)  同6(一)の事実のうち、被告が、昭和五六年四月以降、原告について他の職員と異なり、毎年の昇給をせず、昭和五六年夏期以降のボーナスを支払っていないこと、原告の昭和五六年三月当時の賃金が合計三二万七八三九円であったことは認めるが、その余は争う。原告は、昭和五五年は全く出勤していないのだから、昭和五六年四月の昇給はストップせざるを得ないし、ボーナスも支払う必要がない。

(二)  同(二)の事実のうち、被告は、昭和五九年九月一日以降原告を休職扱いにして、同日から同年一〇月三一日までの賃金を支払っていないことは認めるが、賃金支払義務については争う。

(三)  同(三)の事実のうち、被告は、昭和五九年一一月三〇日付けで原告を解雇し、同年一一月一日から同月三〇日までの解雇予定手当と退職金六三五万九九一七円を支払ったことは認めるが、その余は争う。

(四)  同(四)、(五)は争う。

三  安全配慮義務違反に基づく請求に対する抗弁

1  本件事故の当日である昭和四九年四月二七日から一〇年が経過した。

2  被告は、本件訴訟において右請求権の消滅時効を援用する。

四  再抗弁

被告は、本件契約に基づく支払義務又は本件安全配慮義務違反による損害賠償義務の履行として、昭和五六年三月まで原告を他の職員と同様に扱い、その後昭和五九年八月まで右義務の一部の履行を続けてきた。したがって原告の有する損害賠償請求権の消滅時効の起算点は昭和五九年九月一日である。

五  再抗弁に対する認否

被告が、昭和五六年三月まで原告を他の職員と同様に扱ってきたこと、その後も原告に賃金の一部を支払ってきたことは認めるが、これらの措置が、本件契約又は安全配慮義務違反による損害賠償義務の履行としてなされたことは否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が、昭和四九年四月二七日午後五時四〇分ころ、茨木市鮎川五丁目二一の二付近において、本件教習生の運転する教習車に同乗して路上教習中、教習車が対向車と衝突する事故に遭い、負傷したこと、同3の事実のうち、原告が出欠勤を繰り返してきたこと、労災補償保険によって後遺症一二級に該当する旨の認定がなされたこと、同4の事実のうち、被告が昭和五六年三月分まで原告を昇給やボーナス等に関して他の職員と同様に扱ったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二原告は、昭和四九年七、八月ころ被告は原告に対し、本件事故による原告の全損害を補償すること、特に原告が療養のために休業する期間中、昇給やボーナスに関し休業していないものとみなして、他の職員と同様に扱うことを約した旨主張するので、この点につき判断する。

<証拠>を総合すれば、次のとおり認定判断することができ、これに反する証拠はない。

原告は、本件事故の翌日である昭和四九年四月二八日になって腰などの痛みを感じ、同月二八、二九日は連休であったため、同月三〇日に山崎病院に行き、腰部捻挫、左坐骨神経損傷により約三週間の安静通院治療を要するとの診断書をもらい、同日これを被告に提出した。さらに、その後五月二〇日付け診断書を提出して、通院治療に専念するため被告の了解を得て同年六月末まで欠勤し、翌七月から出社するようになった。そのころ原告は被告に対し、乗車教習以外の勤務への変更を希望するとともに、週に二回通院治療のため欠勤するが、六月末までの右二か月間の欠勤や週二日の欠勤について昇給やボーナス等の面では欠勤扱いしないよう申し入れた。被告は、右負傷が業務上のものであることから、事故の原因や責任の所在を追及することなく、右申し入れに応じた優遇措置をとることを認め、同年八月から原告をトレーチャー(模擬運転装置による指導)勤務(昭和五三年夏からは事務職)に変更し、通院治療のための右二か月間及び週二回の欠勤にもかかわらず昇給及びボーナス等の面では、欠勤扱いをしなかった。原告は昭和五四年六月一九日までは欠勤があるも勤務をしていたが、翌二〇日以降全く出勤しなくなったので、被告はそれを理由として、昭和五六年四月以降、原告を昇給させず(ただし、昇給前の給与は支給した。)、ボーナスを支給しなかった。

以上認定のとおり、昭和四九年七月ころ被告が原告に約したことは、それまでの二か月間の欠勤や、その後勤務しながら週二日通院のための欠勤を理由として、昇給やボーナス等の面で原告を不利益に扱うことはしないという優遇措置をとることに留まるものであり、それ以上に原告主張のように、原告のいう損害を被告が一切補償すること、すなわち本件のように原告が全く勤務しない場合にも昇給やボーナス等について他の勤務職員と同様に取り扱い、さらに本件事故に基づく慰藉料や通院交通費をも支払うという内容まで、被告が原告に約したことを認めるに足りる証拠はない。原告は、被告が安全配慮義務違反を認めたと主張するが、これを認めるに足りる証拠もない。したがって本件契約に基づく原告の請求は理由がない。

三次に、原告は予備的に雇用契約上の安全配慮義務違反に基づく請求をするので、この点について判断する。

本件において、被告に対し安全配慮義務違反の責任を追及するためには、本件教習生は路上運転をするのにふさわしい技術や知識を修得していないのに路上運転をさせ、かつ、被告の指導員が本件教習生にオーバーライン走行を指導し、本件教習生が右指導に従い原告の再三の注意を無視してオーバーライン走行をしたため本件事故が発生したことがその前提となるところ、右主張に沿う原告本人尋問の結果は、後記理由により措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

そもそも、教習生が指導員の再三の注意を無視してオーバーライン走行を繰り返すような場合には、事故の発生が十二分に予想されるのであるから、添乗指導員としては、当該教習生の運転を直ちに中止させ、自ら運転して教習所に引き返し、その旨報告すべき義務があること明白であるから、この基本的義務を怠り発生せしめた事故の責任を、教習所に対して安全配慮義務違反を理由に、指導員が追及しうるか極めて疑問である。

なお、証人中内憲彦及び同熊田忠司の各証言によれば、本件教習生は、センターラインのある片側一車線の道路において、指導員たる原告の指示により、教習車と同一方向に走っている自転車を追い抜こうとして、オーバーラインしたため対向車と自車のそれぞれ右フェンダー部分が衝突し、本件事故を起こしたことが認められる。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、安全配慮義務違反に基づく原告の請求は理由がない。

原告本人尋問の結果を措信しないのは以下の理由による。

1  原告本人尋問の結果によると、本件教習生は、他の指導員から、オーバーライン走行は渋滞のときに前の見通しがよくきくし、対向車がよけて通るから、安全で合理的であると指導を受けたというのであるが、このような走行は交通法規に違反するものであり、対向車がよけるという保証はなく、衝突の虞れの高い、非常に危険な走行方法であることは明白であり、指導員が運転免許取得前の技能未熟な教習生に対し、そのような指導をし、教習生がそれに従い、原告の再三の注意にもかかわらず、オーバーライン走行を繰り返したということは極めて不合理であり、考えにくいこと。

2  故意にオーバーライン走行をすることは極めて危険であり、教習生が指導員の注意を無視して故意にオーバーライン走行を繰り返したならば、指導員としては路上教習を中止させるべきであるのに、原告本人尋問の結果によれば、本件事故発生まで原告は教習を中止させようとはしなかったこと。

3  本件事故の原因の一端が指導員のオーバーライン走行の指導にあるとすれば、原告は当然そのことを本件事故当時被告に報告していると思われるところ、それを認めるに足る証拠はなく、かえって証人飯野俊行の証言によれば、被告においてそのような指導員の存在について問題となったことがないことが認められること。

四よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官土屋哲夫 裁判官下野恭裕)

別紙別表<省略>

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